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【書評】「神道とは何か 神と仏の日本史 」神道の本質に迫る歴史的探求

スサノオ

「神道とは何か」――
この問いかけは一見シンプルでありながら、実は極めて複雑な歴史と思想の探求へと私たちを導く。

伊藤聡氏による『神道とは何か 神と仏の日本史 増補版』(中公新書)は、

この問いに正面から向き合い、日本における「神道」の歴史的形成過程を、

特に仏教との関わりという視点から解き明かそうとする意欲的な一冊。

現代の私たちが自明のものとして理解している「神道」という概念

しかし著者は冒頭から、それが歴史的に構築されてきたものであり、

古代から近代までの変遷を辿る必要があると説く。

特に、明治維新による神仏分離・廃仏毀釈以前の日本は、

実に千年以上にわたる神仏習合の時代だったという事実を踏まえ、

両部神道伊勢神道生み出した中世を中心に、神道の形成史を描き出す。

本書は、神道を〈固有〉〈不変〉なものとしてではなく、

〈変容〉する宗教として捉える視点を提供する。

この視点は、私たち現代人が抱きがちな「神道=日本固有の宗教」という先入観を覆し、

より複雑で豊かな宗教史の展開を理解する助けとなるだろう。

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目次

神道という概念の誕生と展開

序章「神道の近代」では、本書の核心的テーマである「神道とは何か」という問いの前提が整理される。

著者は明治維新後の神仏分離政策をまず概観し、そこから遡って「神道」という言葉の歴史的用例を検討する。

『日本書紀』に初めて登場する「神道」の語は、中国由来の語彙であり、

当初は「神の権威」「神のはたらき」を意味していたという。

それが「日本の民族宗教」を指す語へと変化したのは、

中世あるいは近世になってからという見解が示される。

津田左右吉による神道」の語義六分類を踏まえつつ、

著者は中世における神道の教理化・体系化こそが、

現在我々が理解する「神道」の形成の画期だったと論じる。

この視点は、神道を時代を超えた「日本固有の宗教」と見なす通俗的理解に再考を促すものだ。

第一章「神と仏」では、日本古来の神観念から仏教伝来、そして神仏習合の発生までが描かれる。

「カミ」という概念の分析から始まり、「タマ」「モノ」「オニ」といった関連概念との関係が精緻に論じられる。

仏教伝来時の蕃神(ばんしん)としての受容から、

次第に神と仏の関係が複雑化していく様子が丁寧に描かれている。

特に興味深いのは、神身離脱の思想の展開だ。

奈良時代には、神々が自らの救済を仏法に求めるという思想が現れ、

それが神宮寺建立の理論的根拠となった。

この過程で、神と人との関係が逆転するという指摘は目から鱗が落ちる思いがする。

すなわち、神事において人は神に仕える者だが、

仏法においては人が神の救済を助ける立場になるという逆転現象が生じたのだ。

中世神道の多様な展開

第二章「中世神道の展開」は、本書の中核をなす部分であり、

両部神道伊勢神道といった中世神道の諸流派が形成される過程が詳述される。

ここで著者は、従来過小評価されがちだった中世神道の意義を強調する。

中世神道の形成には、伊勢神宮における観音菩薩本地説大日如来習合説の発生が大きく関わっていた。

これらの習合思想は、東大寺との関係や重源(ちょうげん)による伊勢神宮参詣を契機として広がり、

やがて両部神道や伊勢神道といった体系的な神道説へと発展していく。

著者は、これらの神道説がいかに中国思想や密教の概念を取り入れて

独自の教理を形成していったかを丹念に追跡している。

特に注目すべきは、中世における「神」観念の変容だ。

権神・実神・法性神という三分類や、

心と神を一体視する心神観念の発生は、中世特有の宗教的思惟の産物であった。

こうした変容が、「神道」が神の教えという意味を含むに至る前提条件となったのである。

鎌倉仏教と中世神道の関係についての考察も興味深い。

法然親鸞をはじめとする鎌倉「新」仏教が、当初は神祇信仰に否定的だったにもかかわらず、

次第に本地垂迹説を受容していく過程は、宗教思想の柔軟性と適応力を示している。

人神信仰と天皇制の関係

第三章「新しき神々」では、人を神として祀る信仰の展開が論じられる。

御霊信仰天神信仰の発生から、中世の武将神、近世の祖神信仰

そして近代国家による人神の大量生産までを視野に収めている。

特に注目すべきは、政治権力と神格化の関係だ。

著者は、明治以降の国家神道人神信仰の関係に言及しつつ、

その歴史的起源を奈良・平安時代の怨霊信仰に見出す。

長屋王菅原道真といった政治的敗者が怨霊として恐れられ、

やがて神として祀られるようになる過程は、

日本の政治と宗教の複雑な関係を象徴している。

また、女神信仰の変容についての考察も刮目に値する。

中世以降、女性の罪業観が仏教の影響で強まる一方で、

母性神としての側面も強調されるようになる。

この二面性は、日本の女神信仰の特徴として今日まで続いているといえるだろう。

国土観と神話の変容

第四章「国土観と神話」では、日本人の国土認識と神話の変遷が探られる。

「神国」としての日本という観念が、

古代から中世・近世へといかに継承され変容していったかが論じられる。

特に興味深いのは、末法思想百王思想など、中世特有の時間意識と国土観の関係だ。

中世日本紀と呼ばれる現象も重要な指摘だ。

『日本書紀』の注釈や講義を通じて、古代神話とは異なる中世独自の神話が創出されていった過程は、

神話が固定された「過去の物語」ではなく、

各時代の要請に応じて常に再解釈され再創造されるダイナミックな存在であることを示している。

大日印文・第六天魔王神話や、神功皇后三韓征伐神話の変容など、

具体的な事例を通じて著者は中世神話の特質を浮き彫りにする。

これらの神話が単なる空想ではなく、

当時の人々の世界認識や国家観を反映したものであることを示す著者の分析は説得力に富む。

近世から近代への展開

第五章「近世神道へ」では、吉田神道から始まる近世神道の諸相が描かれる。

吉田兼倶(かねとも)によって創唱された吉田神道は、

それまでの両部神道などの要素を取り入れつつも、新たな神道体系を構築した。

この吉田神道が近世の諸神道(吉川神道や垂加神道など)の母胎となっていく過程を

著者は丁寧に追跡している。

特に注目すべきは、近世における「天道」思想の台頭と、

それが神道や儒教と結びついていく様相だ。

戦国時代から近世にかけて、超越的な天の意志による恩寵と冥罰という観念が広がり、

それが神道や儒教の倫理観と結びついて近世的宗教観を形成していった。

また、本書は神仏習合から神仏分離への流れも詳細に描いている。

近世儒家による排仏論が、どのようにして明治維新後の神仏分離政策の思想的基盤となっていったのか。

それを理解する上で、貴重な視点を提供している。

本書の意義と現代への示唆

本書の最大の魅力は、「神道」という概念自体の歴史性と構築性を明らかにした点にある。

日本人にとって自明と思われがちな「神道」が、

実は仏教や儒教との長い対話と交流の中で形成されてきたことを示す著者の論証は、

宗教研究における本質主義を超えた視点を提供している。

また、古代から近代に至るまでの壮大な時間軸において、

神道の変容過程を一貫して追跡する方法論も高く評価できる。

特に中世に焦点を当て、

両部神道や伊勢神道といった神道諸流派の形成過程を詳細に分析する著者の手腕は、

従来の神道研究において過小評価されがちだった中世神道の意義を再評価するものだ。

現代の日本人にとって、本書が示唆するものは小さくない。

明治以降の国家神道「発明」

それに基づく「日本固有の宗教」という神道観が、

実は歴史的に構築されたものであることを知る意義は大きいとしている。

また、「神道」の歴史性を理解することは、

現代における宗教と国家の関係や、「日本文化」の理解にも新たな視点をもたらすだろう。

おわりに:変容する宗教としての神道

本書『神道とは何か』は、タイトルが問いかける問いに対して、

一つの明確な答えを提示するのではなく、その問い自体の複雑性と歴史性を明らかにする。

神道とは何かという問いは、実は「いつの時代の」「誰にとっての」神道か

という文脈を抜きには答えられないのだ。

著者が強調するように、神道は〈固有〉〈不変〉の宗教ではなく、

〈変容〉する宗教として理解されるべきである。

このような視点は、日本の宗教文化を本質主義的に捉えるのではなく、

その歴史的・社会的文脈において理解することの重要性を教えてくれる。

神仏習合の時代から神仏分離を経て現代に至るまで、神道は常に変化し続けてきた。

そしてその変化は、日本人の信仰や世界観、国家との関係性の変化と密接に結びついていた。

本書はそのダイナミックな変容の過程を緻密な史料分析と明晰な論理展開によって描き出しており、

神道研究の基本文献として長く参照されるべき価値を持っている。

宗教学や日本史に関心を持つ読者はもちろん、

日本文化や「日本らしさ」の根源を探る一般読者にとっても、

本書が提供する歴史的視座は新鮮な発見と洞察をもたらしてくれるだろう。

増補版として「神道と天皇」の補論が加えられた本書は、

現代日本における神道の政治性についても考える手がかりを与えてくれる。

神道とは何か」――
この問いに答えを見出そうとする旅は、日本の歴史と文化、

そして現代社会における宗教の役割について深く考える契機となるはずだ。

伊藤聡氏の本書は、その旅の優れた道案内となってくれる一冊になるだろう。

私自身の[神道理解」のために、とても参考になった一冊だった。

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