
どうも、書評ブロガーの「なおじ」です。
最近、子どもたちの教育について考えることが多くなりました。
新聞を開けば「主体性」だの「探究学習」だの、なんだか小難しい言葉が踊っています。
でも正直なところ、これらの言葉の本当の意味を理解している人って、どれくらいいるんでしょうか?
そんな疑問を抱えながら書店をうろうろしていたら、こんな本に出会いました。
『世界の教育はどこへ向かうか 能力・探究・ウェルビーイング』
著者の白井俊さんは、文部科学省とOECDで実際に教育政策の現場にいた人です。
つまり、教育の「リアル」を知っている人なんです。
こうなってくると、一体どんな内容なのか気になりますよね。
では、この本がどれほど興味深い内容なのか、じっくりとご紹介しましょう。
この記事で解決できる疑問・願い
・🤔 「主体性」「探究」「能力」…教育現場でよく聞く用語の本当の意味を知りたい
・🌍 世界の教育改革の現状と、日本の教育の立ち位置を理解したい
・👨🏫 教師不足の根本的な原因と、その国際的な背景を知りたい
・📈 教育政策と現場のギャップがなぜ生まれるのか理解したい
・🎯 子どもの「自己認識」と「客観的評価」のズレについて知りたい
・🏫 フィンランドやシンガポールなど、海外の教育事例から学びたい
・🔮 これからの教育がどこに向かうのか、未来の方向性を掴みたい
・👪 子育て世代として、教育改革の流れを正しく理解したい
📖 まずは基本情報から – でも、これが実は深いんです
基本データをチェック
- タイトル:世界の教育はどこへ向かうか 能力・探究・ウェルビーイング
- 著者:白井俊
- 出版社:中央公論新社
- 出版年:2024年
- ジャンル:教育・社会
- 書籍番号:中公新書2844
パッと見ると、よくある教育本に見えるかもしれません。
でも、この本の真価は「国際的な視点」にあります。
著者のプロフィールがすごい
著者の白井俊さんは1976年生まれで、東京大学法学部を卒業後、コロンビア大学法科大学院の修士課程も修了している、いわゆる「エリート」です。
2000年に文部省(現・文部科学省)に入省し、その後OECD(経済協力開発機構)でも勤務した経験があります。
つまり、教育の現場を「内側」と「外側」の両方から見てきた人なんです。
これって実は、すごく貴重な視点なんですよね。
でも、この本を読んで驚いたのは、エリートコースを歩んできた人が書いたとは思えないほど、普通の人の目線で書かれていることです。
「あ〜あ、最近の教育用語って、本当にわかりにくくなりましたね〜」
なんて、だれかが言っていましたが、まさにその通り。
でも、この本の著者は、そんな複雑な教育の世界を、実にわかりやすく説明してくれるんです。
さて、では実際にこの本が何を教えてくれるのか、見ていきましょう。
果たして、私たちが知らない教育の「裏側」が見えてくるのでしょうか?
🌍 この本が教えてくれること – 教育の世界地図
デジタル化とグローバル化の波
本書の最大の魅力は、教育を「世界地図」で見せてくれることです。
普段私たちは、日本の教育しか知りません。
でも実は、世界中の国々が「教育改革」という名の大きな変化の波に乗っているんです。
いま世界は、デジタル化とグローバル化という大きな波に揺られています。
その影響で、各国が教育改革を急ピッチで進めているというのが、この本の出発点です。
国連、OECD、ユネスコなどの国際機関が、それぞれ異なる視点から教育の未来について議論しています。
そして、そこで出てくるキーワードが「能力」「探究」「ウェルビーイング」なんです。
教育用語の「正体」
でも、これらの言葉って、実は多義的で捉え方が難しいんです。
著者は「はじめに」で正直に書いています:
私たちは、ふだん何気なく「能力」や「探究」、「主体性」といった言葉を使っている。これらはいずれも、日本の教育を考える際に必ずと言ってよいほど登場する言葉だが、実は、多義的で捉え方が難しい。
この率直さがいいですね。
専門家だからといって、知ったかぶりをしない。
むしろ「実は難しいんだよね」と認めているところに、好感が持てます。
私事ですが、現役教師の時代、約20年私的な学会に所属しそこで社会科教育について仲間たちと語り合ってきました。
そのなかで、教育用語の理解が、一人ひとり違うことが一番のネックでした。
20年やっているのに、同じ単語例えば「わかる」とは何か、「意味とは何か・意義とは何か」
「学習問題」と「学習課題」はどう違うのか、など一人ひとり理解が違うのです。
そこで、あなたは「この言葉をどういう意味でつかっているのか」という、毎回毎回語句定義から始めないと、ならなかったのです。
「教育用語の理解」の難しさは、本当に身に染みている私・なおじです。

世界の教育改革事例
本書では、エストニア、フィンランド、シンガポールの事例が詳しく紹介されています。
特に面白いのは、これらの国々の教育改革が、それぞれ異なる背景と目的を持っていることです。
- エストニア:IT立国を目指すデジタル教育
- フィンランド:平等性を重視した教育システム
- シンガポール:グローバル競争力を意識した教育
これらの事例を読んでいると、「教育に正解はない」ということがよく分かります。
でも同時に、「どの国も真剣に未来を考えている」ということも伝わってきます。
「昔は『読み書きそろばん』だけで良かったのに、今は『主体性』だの『探究』だのって…だんだん複雑になってきましたね〜」
まさにその通り!
でも、この複雑さの裏には、実は深い意味があるんです。
次の章で、その「深い意味」を探っていきましょう。
🎯 教育用語の「正体」を暴く – 言葉の裏に隠された真実
「主体性」って何だろう?
「主体性を育てる」「主体的な学び」…教育現場では当たり前のように使われている言葉ですが、
実はこれ、人によって解釈が全然違うんです。
著者が実際に学校を訪問したときの体験談が印象的です。
教師が「子どもたちの主体性を伸ばすために努力しても、それは社会が期待している主体性とは同じではないかもしれない」と感じたエピソードが紹介されています。
これって、すごく深い問題だと思います。
「主体性」の落とし穴
教育現場では「主体性」という言葉が一人歩きしていて、実際に何を目指しているのかがあいまいになっている。
そんな現状を、著者は冷静に指摘しています。
「ちょっと待って、『主体性』って言葉、みんな違う意味で使ってるじゃないですか〜」
そこに、こういう突っ込み。
まさにその通りなんです。

「探究」の迷路
「探究学習」も同じです。
著者は「一生懸命に探究の授業づくりに取り組んでも、それは保護者や子どもたちが期待している探究とは異なるものかもしれない」と指摘しています。
これって、現場の先生たちにとっては「そうそう!」と膝を叩きたくなる指摘なんじゃないでしょうか。
「能力」という幻想
さらに面白いのは、「能力」についての分析です。
本書では、算数・数学で高いスコアを出している国の子どもたちが、実は「自分は苦手」と感じている傾向があることが紹介されています。
逆に、「自分は得意」と感じている国の子どもたちの方が、実際の点数は低いという、なんとも皮肉な結果が示されています。
これって、自己認識と客観的な評価の間にズレがあるってことですよね。
でも、このズレって、大人の世界でもよくあることじゃないですか?
「俺は運転がうまい」と思っている人ほど事故を起こしやすい、みたいな。
「あ〜あ、自分のこと一番わかってないのは、自分自身なんですよね〜」
これも教育の世界では深刻な問題なんです。
でも、ここで一つ気になることがあります。
果たして、世界の教育現場では、どんな「驚きの事実」が隠されているのでしょうか?
次の章で、その秘密を探ってみましょう。
🌟 この本が優れている三つの理由 – なぜ読む価値があるのか
理由1:国際的な視点の豊富さ
著者のOECD勤務経験が、この本の最大の武器です。
日本の教育を「内側」からだけでなく、「外側」からも見ることができる。
これが、実はすごく貴重なんです。
私たちは普段、日本の教育しか知りません。
でも、世界には様々な教育システムがあって、それぞれが試行錯誤している。
そんな「世界の教育の実験場」を見せてくれるのが、この本の価値です。
理由2:現場感覚を失わない姿勢
著者は文部科学省やOECDという「上」の立場にいた人ですが、実際に学校現場を訪問し、現場の先生や子どもたちの声を聞こうとしています。
これ、案外できないことなんですよね。
「政策を作る人」と「現場で実践する人」の間には、しばしば大きな溝があります。
でも、この本では、その溝を埋めようとする著者の姿勢が感じられます。
「偉い人ほど現場を知らない…だんだんそんな時代になってきましたね〜」
なんて皮肉も言いたくなりますが、この著者は違います。
理由3:批判的思考力
この本の素晴らしいところは、流行りの教育用語を鵜呑みにしないことです。
「主体性」「探究」「能力」…これらの言葉が教育現場で多用されているからといって、それをそのまま受け入れるのではなく、「本当にそうなのか?」と疑問を投げかけています。
この批判的な姿勢が、この本を単なる教育論ではなく、思考のトレーニングにしています。
でも、ここで驚くべき事実が明らかになります。
実は、教師不足って、日本だけの問題じゃないんです。
しかも、その背景には、私たちが想像もしなかった「国際的な事情」があるんです。
🔍 深掘り分析 – 教師不足の国際的側面
教師不足の新しい見方
この本で特に興味深いのは、教師不足を国際的な人材獲得競争として捉える視点です。
通常、教師不足は「国内問題」として語られます。
でも、著者は違った角度から見ています。
英語圏の教師が日本で採用される一方で、これらの国では「人材流出」の問題として認識されている。
つまり、教師不足は国境を越えた「人材の奪い合い」になっているというのです。
スポーツ界との類似点
これ、スポーツ界でよく見る光景ですよね。
日本のプロ野球選手がメジャーリーグに移籍する。
日本側から見れば「海外挑戦」ですが、メジャー側から見れば「優秀な人材の獲得」です。
教育の世界でも、同じようなことが起きているんです。
グローバル化の光と影
この分析から見えてくるのは、グローバル化の「光と影」です。
「光」の部分は、優秀な人材が国境を越えて活躍できること。
でも「影」の部分は、人材を送り出す側の空洞化です。
日本の教育現場で外国人教師が活躍するのは素晴らしいことですが、同時に、彼らの母国では教師不足が深刻化しているかもしれません。
「グローバル化って言葉は綺麗ですけど、実際は人材の奪い合いなんですね〜」
まさにその通り!
この視点って、今まで考えたことがありませんでした。
でも、この本を読んでいて一番驚いたのは、実は別のことなんです。
それは、私たち読者の「読書体験」そのものが、教育について考える良いきっかけになっているということです。